ノベルズ・ミナコ//SM 官能読本                 超電導美那子【復活編】             HBEロッカ                          

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半年後





 唐突に桃色不倫生活に終止符を打たれた、ド助平大王こと小野寺善行(おのでら・よしゆき)であった。


 巡礼の旅を続けている琴美を想っては、ため息をつき、落選した吉田勇太郎を追って、家を出たきりの妻、

美和子を想っては、歯ぎしりする。

 そして、突然結婚してしまった美那子を想って泣く。

 一人息子の一善(かずよし)はアメリカ留学中でもあり、善行は一人ぼっちであり、本当に孤独であった。


 会社を辞めて、琴美の留守を守って、パブ「ロマーノ」のカウンターに立っているのだが、寂しさ故に

飲酒量も増えた。

 その結果、SMに対する情熱も消えかけていた。


 自分でも不思議な事だった。

 美那子との関係については、「愛欲のみで繋がっているのだ」という事を、よく自覚しているつもりだっ

たし、いつか別れの日が来る事も予想していた。

 つまり、すべては想定内の筈だったのである。


 その別れが、こんなにも辛いとは……。

 まさに、この愛欲の深さこそが問題であったのだ。

 ひたすらに、美那子を求める己れの気持ちに驚き、呆れながらも苦しむ善行なのである。

 このように、小野寺善行(よしゆき)とは、「愛欲こそがすべて」の男だった。

 だから、いい歳をして、強烈な失恋を味わっていた。







 店内ではペピーノ・ガリアルディの『ガラスの部屋』がエンドレスで鳴っていた。


 伸恵が言った。

「マスターいくらなんでも、お客さん、うんざりするわよ。こんな、やるせない曲を、もう何回も何回も!」


「やるせなくっていいんだ。それじゃ、ニルソンの『ウィザウト・ユー』をかけよう」


「よしてよ。ウィザウト・ユーなんて、悲しくなっちゃうわ」


「悲しくっていいんだ。だけど、ニルソンはちょっと、やかましいからよそう」

 善行はジョアン・ジルベルトの『O Grande Amor』をかけて、目を閉じて味わっている。

 これは、もっともっと、ずっと、やるせない気分になる


「ああ、この曲は、何度聴いても沁みるなあ」


「もう! この曲だって耳タコよ。同じ曲ばかり繰り返し聴いてないで、有線に戻して下さい!」


 善行は客からもらったイミテーション・アブサンを、習った通りに、角砂糖にたらして口に含み、

ため息を洩らす。

「わかったよ。その前にもう一曲だけ」

 スモーキー・ロビンソンの『I Am I Am』が流れ始めた。


    「あーん! またエンドレスにして」


「つまらん曲を百曲聴かされるよりは、いい曲を百回聞いた方が、マシな人生を送れるってもんなんだ」


「その前に耳タコが巨大化しちゃうわよ」


「あなたの耳タコは、それ自体が、まるで独立した軟体動物のように、その性能を際限なく上昇

させてゆくのだ」


「耳タコの性能っていったい何なのよー?」







 ロマーノには福島伸恵がいた。

 かつて周平の愛人だった君恵の妹である。

 琴美が不在の今、四十五歳の伸恵は、琴美(ママ)の代理として、善行を助けていた。


 伸恵は痩せていて、善行好みの骨盤の広いフラットな体型なのだ。

 やや色黒で、なかなか男好きのする顔立ちの女であった。

 客あしらいも上手く、酒も強い女で、現在、特定の男はいないようなのだが、不特定多数の客の

男達に、満遍なくモテていた。


「男はもうたくさん」が、口癖なのだが、結婚歴はない。

 女房に逃げられ、落ち込んでいる善行を、本気で心配していた。


 その夜、「ロマーノ」は閉店時間となり、客と女達を帰した後、酔っ払っている善行と伸恵が、

店内に残っていた。

 現在、琴美も、周平も、美那子もいなくなった太田ビルの一階と二階は、無人の館であった。

 善行が、地下室に泊まっているだけなのだ。


 ガラクタをどかして、シャワーもトイレも地下室のものを使い、SM用の拘束具の付いている、

あのセミダブルベッドで眠るのだ。

 そして時には、美那子や琴美とのプレイビデオを観るだけの為に、ビデオテープとスコッチの

ボトルを手に、のそのそと這い出してきて、ビデオ機器のある一階の応接間へ入って行く。

 一階へ続く階段は、コンクリートの打ちっぱなしの物であり、手足のおぼつかなくなっている善行は、

ここで何度かつまづいて、ボトルを落っことして割ってしまっていた。

 勿論、破片は脇に寄せられているだけであり、中身はコンクリートの上で、数日間のうちに

蒸発していた。


「へえ、コンクリートって、ウイスキーが染み込むんだな」

 などと関心している。

 すでに3日以上たっている事さえ、気がつかないのだ。


 ともあれ今、らっぱ飲みしているホワイトホースのボトルには、ガムテープが巻きつけられている。

 これなら落としても、めったに割れないからだ。

 このように、不健康で怪しげな生活が続いていた。


「もっと、たくさん録っておくのだったなあ」

 と、すっかり独り言が身についてしまったらしい。


 まさに「地下室の怪人」と化している善行なのであった。

 ロマーノでの仕事が無かったら、すでに廃人となっていたかもしれない。







「ほらほらマスターしっかりして。送ってってあげるから、もっとしゃんとして!」

 伸恵にとって、現在、雇用主は、琴美から善行に代わった訳なのだが、何かにつけ善行は気前

が良かった。

 その結果、伸恵の収入は、ほぼ5割増しになっていた。

 しかも恩着せがましさの全く無い善行に、伸恵の心が惹かれていくのは、しごく当然のなり

ゆきだった。

 そして、その善行に、全面的に頼りにされている事は、なかなか気持ちの良い事でもあった。

 こんな時、女は、抱かれる覚悟を決めているのだ。



 それにしても、へべれけな善行である。

 だが、演技半分のような感じもする。

 さすがに女が恋しくなってきた、今日この頃なのである。


「バカヤロチクショーメ! 伸恵ちゃん、送って欲しいけど、襲っちゃうからな」


「あははマスターそんなに酔っ払ってちゃ、たつものもたちませんってば」


「お! 言うじゃない? 勃たなくたってな、お前、バイブってもんがあるんだ。ズコズコ突っ込んで

ヒーヒー言わしたるで」


「きゃははは。マスター怖〜い。とにかく行きましょ」




 ロマーノの裏口を開けると、太田家の一階の廊下へ出る。台所脇の勝手口の前である。

 台所でコーヒーを入れてくれた伸恵が言った。

「私、始めは、もっと広いダイニングかと思ってたんだけど……」


 善行は旨そうに飲んでいる。

「周平さんもなあ、──

 今時、四畳半だなんてな。

 大体、あの人はダイニングキッチンなんて発想が無い人なんだ。

 あくまで商売屋の裏の、お勝手って感じだな。

 さあさあ早くメシ食って商売、商売ってね。

 他の部屋は広いんだけどなあ」


 冷蔵庫の上には大黒様の置物が安置されていた。

 壁には五円玉を編んで作った亀が貼り付けてある。

 ご丁寧な事に、本物の海亀の甲羅も、番(つがい)で、壁に貼り付けてあるのだ。


「ああ、老人趣味極まりないなあ」


「商売繁盛のお守りなんでしょ?」


「それにしても、私の田舎じゃあるまいし、ダッサイよなあ。スモーキー・ロビンソンがすっ飛ん

じまった。」


「でも、勿体ない話よね、駅前の太田ビルの一、二階が、もぬけの殻なんて」


「全くだ。──

 私にしたって、

 周平夫婦の寝室や、

 周平さんの寝てた介護部屋に、泊まる訳にはいかない。

 それに今は仏間だもんな。

 南無阿弥陀仏……。

 だから、応接間に泊ってたんだけど、

 あそこのソファーで寝るのは、どうにも落ち着かなくてね。

 2階の、姉妹の部屋を開けるのは、もっと嫌だし、

 そんな訳で、地下室に泊ってるんだ」


 周平は、美和子(みわこ)に美佐子(みさこ)に美那子(みなこ)、それぞれの部屋を、

三姉妹が家を出た後も、そのままに残していた。

 周平が寝たきりになっていた間、妻の琴美も三姉妹の部屋には手を付けなかった。


「考えてみると、この住宅難の時代に贅沢な話よね」


「まあ、琴美さんと違って、──

 私には何の権利も無いからなあ。

 太田ビルの、単なる管理人のようなもんだ。

 結局、此処も、高齢化の結果の過疎化って事になるんだろうかね?」


「勿体ないわねえ。──

 そう言えば、

 さっき琴美ママから、電話があったのよ」


「やっぱりアレか?」


「そうなの。──

 四国で、ちょうど良いお寺さん見つかったから、

 出家するつもりなんですって。

 マスターに代わろうかって言ったら、

 どうせ反対されるに決まってるから駄目よ。って、

 切っちゃったの」


「琴美さん……決意は固いな」


 周平が他界してから、半年が経っていた。

 周平の葬儀。

 美那子の結婚。

 美和子の家出。

   善行の退社。

 そして、琴美の巡礼への旅立ち。

 まったく、目まぐるしい半年間であった。


「周平さんの一周忌には、琴美さん、尼さんになってるって事だな。まったく、……。思い切っ

たひとだよ」

 善行は大きなため息をひとつ。

「私だって美和子と離婚したら、この大田ビルとの縁は切れるんだ」


「離婚……、なさるんですか?」


「まあ、今のところ、そんな予定は無い。女房も離婚するつもりは、まだ……無いようだ」


「……良かった」


「いっそ私も、旅にでも出るかな。ロマーノは、伸恵さんがいるから大丈夫だしな」


「そんな……。マスター……行かないで。お願い」

 と、伸恵は、あきらかに困惑している


 善行は伸恵を抱きしめていた。

 そして口づけをした。

 伸恵はそれに応えたのだ。

 考えてみれば、半年ぶりの女の肉体である。

 痩せぎすの身体の、胸の膨らみの感触が心地良かった。


「シャワーを浴びよう」

 伸恵は、頷いた。


 善行は、伸恵をいざない、地下室へと降りて行く。






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